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一般財団法人<書海社>雋堂 谷村 俊二 書 かつて浦安は江戸川の河口の三角州にあり、三方を海と川に囲まれた「陸の孤島」として知られていました。「浦安」という地名が生まれたのは明治22年(1889)4月のこと。堀江、猫実、当代島の3村合併の際に「浦、安かれ(海辺が安泰であってほしい)」との願いを込めて初代村長の新井甚左衛門が付けたといわれています。また、一説には日本国が昔「浦安の国」と称したことから、この名を付けたともいわれています。
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明治42年(1909)9月には「浦安町」としてスタート。海苔の養殖やアサリ漁などを中心に栄え、河川には海苔を採るための小さな「べか船」がひしめきあっていたそうです。
昭和30年代にはいると活気あふれる漁師町に大きな転換期が訪れます。京浜工業地帯の埋め立てや工場排水による水質汚染が進み、徐々に漁場の環境が悪化。そのため漁業従事者たちは昭和37年に漁業権の一部を、昭和46年には漁業権を全面放棄し、浦安は漁師町としての歴史を閉じることになったのです。 -
©︎国土地理院撮影 昭和39年(1964)から始められた海面埋立事業を機に、浦安は大きく姿を変えていきます。「住宅用地」「レジャーランド用地」「準工業用地」の3つを目的として埋立事業が進み、昭和44年(1969)には地下鉄東西線の開通とともに浦安駅が開業。それまで都心に出るにはバスと国電を乗り継いで1時間以上を要していましたが、わずか18分で都心と結ばれるようになりました。
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©︎京葉測量株式会社 その後第2期埋め立て工事が行われ、昭和56年(1981)には浦安の総面積はかつての4.43平方キロメートルから約4倍の16.98平方キロメートルに拡大。東京に隣接するベッドタウンとして生まれ変わりました。
(※行政面積については令和6年(2024)に見直しを行い現在は18.79平方キロメートルです。) -
©Disney
昭和56年(1981)4月には市政施行を果たし「浦安市」が誕生。昭和58年(1983)には待望の東京ディズニーランド®が開園し、周辺には大型リゾートホテルが次々にオープン。平成13年には東京ディズニーシー®が開園し現在に至るまで国内外から多くの観光客を迎えています。
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昭和から平成にかけて他の自治体には例のないスピードで発展を遂げ、小さな漁村から国内屈指のリゾート地、また東京に接するベッドタウンへと輝かしく発展を遂げた浦安。洗練されたアーバンリゾートの街並みが広がる一方で、境川沿いには歴史的建造物や昔ながらの商店が残り、かつての漁師町の面影を垣間見ることができます。
